今回は、リスクファイナンシングにおける保有と移転についてご説明いたします。
リスクファイナンシングにおける保有と移転とは
リスクファイナンシングの手法には「保有」と「移転」の二つがあります。
「保有」は、万一事故が起こった際に主に自己資金を取り崩して資金を調達する手法です。
「移転」は、主に保険契約を保険会社と結ぶことによって、万一事故があった場合に、損害の埋め合わせ(補償)の責任を保険会社に移転させる手法です。
保有と移転の使い分け
リスクファイナンシングを実践するうえで、保有と移転のどちらを使うべきなのか、あるいはそれぞれをどのように組み合わせれば最も費用対効果が高いのかを知るためには、両者の特徴を知ることが重要です。
保有と移転それぞれの強み・弱みは何なのかやどのようなリスクに備えるのに適しているのかを知ることで、状況に応じた使い方や組み合わせができるようになります。
保有について
保有は、移転に比べて、コストを抑えることができるリスクファイナンシングの手法です。なぜなら、移転の場合は、事故・無事故にかかわらず一定の費用(保険料)の支出を必要とするのに対して、保有の場合はそのような費用はかからないからです。
なお、保有には「計画的な保有」と「無計画な保有」の二つがあります。
計画的な保有
あらかじめ分析・評価されているリスクに対して十分に保有されている状態を「計画的な保有」と言います。
リスクに見合った資金が保有のために確保されていますので、もっとも適切な保有の手法と言えます。
無計画な保有
「計画的な保有」とは反対に、計画できずにリスクを保有している状態を「無計画な保有」と言います。
無計画な保有は、以下のような理由で生じる場合があります。
- 保険で移転すべきリスクだが、保険会社から断られ、移転できなかった
- リスクを事前に想定できなかった
- あらかじめリスクを分析・評価することを怠った
無計画な保有は、リスクファイナンシングに悪影響を及ぼしかねません。「無計画」ですので資金調達の選択肢も制限されることになります。
保有のメリット
保有のメリットには以下の4つがあります。
低コスト
保有の最大のメリットは低コストであることです。
保有であれば以下のコストを抑えることができます。
- 保険契約のコストのうち、保険会社の事業費、利益、代理店手数料のコスト
- 保険契約のコストのうち、他の契約者への保険金支払に充当されるコスト
- 保険契約を締結する際、保険会社から求められる情報や資料を提出するために費やすコスト
- 保険金の請求をする際、保険会社から求められる情報や資料を提出するために費やすコスト
上記のコストは移転の場合には通常生じるコストですので、保有によりこれらのコストを抑えることができます。
事故対応に裁量がある
保有は、万一事故が起こった際に主に自己資金を取り崩して資金を調達する手法です。その資金をいくら払うかについては、当然個人や組織に裁量があります。
それに対して、移転(主に保険契約)の場合は、損害が発生した場合に、どのように解決し、いくら保険金を支払うかについては契約内容に基づき、事前に取り決められていたり、保険会社に裁量があったりします。
例えば、風評被害を避けるために補償額を多くしてでも被害者と円満な解決を望む契約者と、訴訟をしてでもできるだけ支払額を抑えたい保険会社との間で対立が生じることがあります。
保有であれば、個人や組織自らに問題解決の方法や支払額についての決定権がありますので、このような対立は生じません。
自己資金を有効活用できる
通常、移転(主に保険契約)では、移転にかかるコスト(保険契約に関するコスト)を事前に保険会社に支払う必要があります。そのコストは移転にかかるコストですので他の目的に使われることはありません。
それに対して、保有においては、事前のコストの支出(キャッシュアウト)は必要ありません。事故が発生し、その損害を埋め合わせるときに初めてキャッシュアウトが生じます。
したがって、保有であれば、キャッシュアウトまでの間、自己資金を日々の事業や投資活動に回すことで、有効活用ができます。
事故防止の意識が高くなる
損害の埋め合わせを自己資金でまかなうことになると、できるだけ自己負担をしたくないという気持ちが強くなります。その意識が、事故防止への動機づけにつながります。
実際に、ある運送会社では、ドライバーの無事故を奨励するとともに、事故を起こした場合には、発生した損害の一部をドライバーの自己負担とすることで、事故防止意識を高めています。
移転について
「移転」は、万一事故があった場合に、損害の埋め合わせ(補償)の責任を別の者(主に保険会社)に移転させる手法です。
なお、この「移転」は、リスクを完全に移転できるわけではない点に注意が必要です。
完全なリスクの移転を妨げる、二つの制限について説明します。
契約上の制限
移転で用いられる主な手段は保険です。
しかしながら、保険は個人や組織が追うべき金銭的な負担(損害)をすべてカバーできるわけではありません。
例えば、以下のような場合にはリスクは移転されません。(保険金は支払われません)
- 契約上、対象とならない損害の場合(例、火災が原因の損害を補償する契約において、台風が原因で損害が生じた場合)
- 契約上、支払われないと明記されている場合(例、契約者の故意、犯罪行為によって生じた損害など)
- 契約で定めた金額を超える損害が発生した場合(例、契約上は5000万円が保険金支払の上限であるが、1億円の損害が発生した)
リスクを移転する側の支払責任上の制限
仮に個人や組織が保険契約によってリスクを移転できたとしても、法律上の支払責任まで免れることができるわけではありません。
例えば、たとえ保険契約を結んだとしても、以下のような場合にはリスクは移転されず、金銭的な負担(損害)は個人や組織が負うことになります。
- 保険会社が破綻した場合
- 保険会社が正当な理由なく保険金の支払いを拒んだ場合
このようなことが起こらないよう、リスクの移転を検討する個人や組織は、保険会社の誠実性や格付けなどを十分に確認することが重要です。
移転のメリット
移転にはリスクファイナンシング上の大きなメリットがあります。
大きな損害に備えられる
移転の最大のメリットは大きな損害に備えられることです。個人や組織ではとても支払うことができないような高額な損害に対しても移転により備えることができます。
逆に、大きな損害に対して保有だけで備えるとしたらどうでしょう。保有の金額が十分でなく、個人や組織の保有を大きく超える損害が生じた場合は、財政上の大きな負担になります。取引先との関係悪化や最悪のケースは破産の可能性すらあります。
また、大きな損害に保有だけで備えるのも現実的ではない場合があります。資金を調達するのにもお金がかかりますし、いつ起こるか分からない巨大損害のために巨額の資金を貯め込むことは有効な資金の活用とは言えないからです。
キャッシュフローの変動を抑える
事故はいつ起こるか分かりません。また、事故の被害額がどれくらい甚大なものになるのかも正確に予想することはできません。
保有すると決めたリスクで万一事故が発生し、保有額を大きく超える損害が発生した場合、その埋め合わせのために多額の現金が流出します。キャッシュフローが大きく変動しますので、日々の事業や生活の資金繰りに悪影響を及ぼします。
それに対して、移転は、損害の有無に関わらず一定の費用(保険料など)の支出を伴うものの、万一高額な損害が発生した場合であってもキャッシュアウトは移転の費用(保険料など)だけに収まります。
つまり、移転によりリスクに対するコストを固定化できますので、キャッシュフローの変動を抑えることができます。
付随サービスが受けられる
移転(主に保険契約)により保険契約を締結した場合、以下のようなサービスを保険会社から受けられる場合があります。
- 弁護士などの紹介
- 事故防止コンサルティング
- 評価・鑑定のサービス
保険会社の事故対応のノウハウを活かせる
保有の場合は、事故があった場合の対応は自らが行う必要があります。
損害の対象が自己の財物(建物・車など)であれば事故対応は比較的容易ですが、損害の対象が第三者の身体や第三者の財物(建物・車など)となる事故の対応は高度なノウハウや注意を必要とします。
損害の対象が第三者の身体や財物の場合、一歩対応を間違えると、社会的な風評被害を生み出し、状況がさらに悪化してしまいます。それにより個人や組織が疲弊してしまうなどの悪影響も起こりえます。
移転(主に保険契約)の場合は、保険会社が持つ、事故対応のための高度なノウハウを活かすことができます。それにより、個人や組織は、自分の専門分野に注力でき、社会的な風評被害などの二次被害のリスクを軽減することができます。
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まとめ
リスクファイナンシングにおける保有と移転について【リスクマネジメントの基礎】
- リスクファイナンシングにおける保有と移転とは
- 保有と移転の使い分け
- 保有について
- 保有のメリット
- 移転について
- 移転のメリット
最後までご覧いただき、ありがとうございました。
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