今回は、組織・個人・社会にとってのリスクマネジメントの経済的・非経済的メリットについてご説明いたします。
リスクマネジメントの経済的メリット(組織・個人・社会共通)
3つの「リスクコスト」の総和を小さくできる
以下の3つのコストの総和を小さくできることがリスクマネジメントの経済的なメリットです。
- 実際に発生した事故によるコスト
- リスク対策に費やしたコスト
- 残余リスクのコスト
これら3つの総和を「リスクコスト」と呼ぶことがあります。
実際に発生した事故によるコスト
たった一つの事故が引き金となって、様々なコスト要因に発展する場合があります。
例えば、工場建物に火災が発生した場合、以下のようなコストが生じかねません。
- 建物自体の修理費用
- 生産停止に伴う休業損害
- 代替生産のための追加支出(人件費、輸送費)
- メディア、近隣住民への対応のためのコスト
リスクマネジメントを正しく実行できていれば、事故を未然にを防ぐことができます。
あるいは、たとえ事故が起こってしまっても被害を最小限に食い止めることができます。
リスク対策に費やされるコスト
リスク対策には以下の費用を伴うことがあります。
- 損害保険料
- リスク管理の専任部署の設置、専任担当者の割当に伴うコスト
- 事故防止、事故削減のための具体的な支出(スプリンクラー設備、耐震工事など)
これらのコストが過大なものとなったために、リスクコスト全体が膨れ上がってはいけません。
費用対効果を見極めながら、「リスク対策に費やされるコスト」についても適宜見直すことが重要です。
また、リスク対策を実施したことで損害が少なくなれば、保険料の割引という形でコストを抑えることができるメリットもあります。
残余リスクのコスト
「残余リスクのコスト」とは残余リスクに関連するコストのことです。
なお、残余リスクとは「リスク対策を講じてもなお残るリスク」のことです。
リスク対策に完全なものはありませんので、十分な対策を講じたとしても一定のリスクは残ります。
残余リスク(リスク対策を講じてもなお残るリスク)を許容可能なレベルにまで低減させるための取り組みが大切です。
なお、「実際に発生した事故によるコスト」や「リスクマネジメントに費やされるコスト」に比べて、「残余リスクのコスト」はコスト(金銭)への換算が難しいです。
なぜなら、「実際に発生した事故によるコスト」や「リスクマネジメントに費やされるコスト」が現実のものとなったコストであるのに対して、「残余リスクのコスト」はまだコストとして顕在化していないリスクに関するものだからです。
そのため、「残余リスクのコスト」の目標設定や成果検証も難しいものとなりますが、コストとして管理を行うことで、他のコストと合算した検証が可能となります。
残余リスクについてはこちら(⇓)で紹介していますのでご参照ください。
リスクマネジメントの非経済的メリット(組織・個人・社会)
組織にとってのメリット
リスクマネジメントを行う組織(企業を想定)とにとっては以下のような非経済的メリットがあります。
リスクに関する不安定要素が軽減され、企業活動が活発になる
工場が事故続きで事業が中断ばかりしていると、収益が減少してしまいます。
また、たった一回の事故であっても被害の大きさによっては回復までに時間がかかる場合は、企業の存亡にかかわります。
リスクマネジメントの実践により、事業中断のリスクを抑制できれば、企業活動が活発になります。さらにそれが企業の収益力を高めることになります。
安全管理が徹底されるので、従業員の離職率が減少し、士気が高まる
安全管理に配慮しない、いわゆる「ブラック企業」ですと、従業員はケガばかりで、退職者は続出し、現場のモチベーションも下がってしまいます。
事故のない、従業員が働きやすい環境を整えることで、彼らの士気を高め、離職率を抑えることができます。
組織の信用力が高まるので、取引先、顧客、地域住民からも信頼される
リスクを正しく管理しているということは組織や企業の信頼にもつながります。
危なっかしい企業へは銀行も融資をためらうでしょうし、見込み取引先も取引を見合わせるかもしれません。
リスクマネジメントを通じて信用力が高まれば、顧客や地域住民からの信頼にもつながります。
企業価値が高まる
リスクマネジメントを実践していることで、収益力が高まれば、利害関係者(取引先、顧客、地域住民)からも信頼され、投資家からも評価されます。
彼らからの信頼は、企業ブランドや企業イメージといった無形の企業価値向上につながったり、株価の上昇というかたちでの企業価値の向上につながったりします。
個人にとってのメリット
(参考)個人のリスクマネジメント
「リスクマネジメント」と言うと企業などの組織に関わるものに限られると思われるかもしれません。
確かに規律的、体系的にリスクマネジメントを実行するためには組織の方が向いているかもしれません。
しかしながら、個人単位でもリスクマネジメントを実行しています。例は以下のとおりです。
- 回避(インフルエンザ流行期は外出を避ける)
- 事故防止(階段に手すりをつける)
- 事故削減(自宅の補強工事をする)
- 分離(銀行の破綻に備え、複数の銀行で預金口座を持つ)
- 複製(鍵のスペアを作る)
- 分散(資産運用の対象を国内、海外、株式、債券などに振り分ける)
- 移転(保険に加入する)
- 保有(現金を積み立てる)
リスクマネジメントを実践することは、個人にとっても以下の非経済的メリットがあります。
生活再建・生計維持
例えば、せっかくローンを組んで建てた自宅が火災によって一瞬のうちに焼失してしまったら、再度建て直すことができるでしょうか。
あるいは、自動車事故で億単位の賠償金の支払を命じられた場合、果たしてそれに応じることができるでしょうか。
このようなリスクに対して比較的少額な負担(損害保険契約の加入)で備えることができます。
自宅が火災で焼失したとしても損害保険金をもとに金融機関へのローン返済や建て直し費用に充当することができます。
また、自動車事故による賠償金も損害保険金の支払を受けることで被害者に補償することができます。
心理的な負担の軽減
個人にとっては、心理的な負担が軽減されることのメリットも大きいです。
一般には個人の多くはリスクを避ける傾向が強いからです。
例えば、以下のどちらかの選択を迫られたとします。
- 必ず1万円を支払う
- 5回に1回の割合で5万円を支払うことになるくじを引く
多くの個人は、5万円を支払うことになるリスクを避けるために、1万円を支払うことを選択します。
実は、この2つの選択肢はリスクの大小で言えばどちらも同一です。
- 必ず1万円を支払う場合・・・1万円(リスクの最大額)×100%(確率)=1万円
- 5回に1回の割合で5万円を支払う場合・・・5万円(リスクの最大額)×20% (5分の1の確率)=1万円
たとえこのような計算結果を理解していたとしても、リスクに対して慎重な個人は心理的な安心を得るために1万円を支払うことを選択する傾向があります。(リスクの高低に関しては以下の記事をご参照ください)
社会全体にとってのメリット
組織や個人がリスクマネジメントを行うことは社会全体にとっても非経済的メリットがあります。
経済の安定
組織がリスクマネジメントを適切に実行しない場合、組織の事業活動が停滞し、経済全般に影響します。
組織の倒産を余儀なくされた場合は雇用にも影響します。
また、企業と企業はお互いにつながっています。特に、自動車産業などは多くの協力会社からの部品供給で成り立っています。
どこか一つの協力会社の事故が、自動車産業全体に波及するおそれもあり、さらにそれが経済全体に連鎖するリスクもあります。
社会の安定
個人がリスクマネジメントを適切に実行しない場合も社会全体にとって悪影響を及ぼします。
自宅の焼失によって住む場所に困る人や、自動車事故の賠償金の負担に耐えられず破産する人、さらには十分な補償を受けられずに泣き寝入りをする被害者が続出し、社会問題に発展してしまいます。
組織や個人が適切にリスクマネジメントを実行すれば、社会全体にとっても雇用の確保、被害者の救済ができるというメリットがあります。
誰もが安心して暮らせるという心理面でのメリットも大きいです。
社会サービスの向上
なお、国や地方自治体においても、国民や地域住民に対するリスクマネジメントを実行しています。
防災訓練、治水工事などの災害対策がその例です。
組織や個人がリスクマネジメントを適切に実行していれば、社会全体のリスクの軽減がされるので、国や地方自治体が行うリスクマネジメントのコスト(税金)を抑えることができます。
それらは回りまわって組織や個人に税負担の軽減や他の行政サービスの向上という形で還元されることになります。
まとめ
リスクマネジメントの経済的・非経済的メリット(組織・個人・社会)
- リスクマネジメントの経済的メリット(組織・個人・社会共通)
- リスクマネジメントの非経済的メリット(組織・個人・社会)
いかがでしたでしょうか。
皆様が所属する組織や個人の立場にあてはめてリスクマネジメントのメリットを整理されてみると面白いかもしれません。
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